|
|
|
|
|
電気通信の歴史は1830年代の電信から始まる。
シリング(P.V.C.Schilling)(露)、ガウス(C.F.Gauss)/ウエーバー(W.E.Weber) (独)、クック(W.F.Cooke)/ホイートストン(C.Wheatstone)(英)、モールス(S.F.B.Morse)(米)、等により各種電信方式が実験された(b50),(b53)。電信の発明者は日本ではモールスというのが通説であるが、国によって異なる。
また帰線にアースを利用する方法はスタインハイル(K.A.V.Steinheil)(独)により発見された。 |
|
|
|
電信についでファクシミリが発明された。電話の発明より約30年早い。 |
|
|
1843/天保14 |
(英) ベイン(Alexander
Bain)[a11] |
|
ファクシミリの発明 1843年英国特許9745[a21]
,[e1] |
|
|
|
|
|
|
1848/嘉永1 |
(英)ベークエル(F.Bakewell) |
|
円筒走査方式の発明
(1848年 英国特許12352)[a22],[e2] |
|
|
|
電信機がペリーによってもたらされた。わが国でもその前後に佐久間象山が電信の実験を行なっているが期日は明確でない(b53) |
|
|
1853/嘉永6 |
【黒船来航 「太平の眠りをさます上喜撰たった4杯で夜も眠れず」】 |
1854/嘉永7 |
黒船再来、ペリー提督は献上品としてモールス電信機を持参し、実演した。この電信機は逓信総合博物館に重要文化財として保存されている(b57),(f2) |
1858/安政5 |
大西洋海底電信ケーブル一旦は開通するも直ぐ不通、安定運用に入ったのは1866年(b53) |
|
|
|
ファクシミリが始めて商用、日本はパリ万博に参加しファクシミリの購入契約、明治維新後日本でも電信線の建設が行なわれた。 |
1863/文久3 |
パリ―リヨン間で(伊)カセリ(G.Caselli)の装置(Pantelegraph:ベイン改良形)でファクシミリ商用開始。
この装置はパリおよびミラノの博物館に現存する[a24],[e3],(b46),(b52),(f 1) |
1867/慶應3 |
日本は、パリ万博に参加、これに出展されていたファクシミリをみて、スイスのニューシャテル伝信機製作所にボネリ・ヒップのファクシミリを発注する。これに伴い田辺太一、箕作貞一郎(何れも維新後元老院議官)が伝習を受ける。
大政奉還の混乱で購入ファクシミリの消息不明、購入契約書は外務省外交史料館にある(b
42),(b 52),(f 1) |
|
【大政奉還、明治天皇即位】 |
1869/明治2 |
東京-横浜間で電信線架設工事開始(b53),(b57)
10月23日:電信電話記念日は新暦換算でこれを記念したもの。 |
|
|
|
電話機の発明 わが国にもすぐ渡来、アーリンコートのファクシミリなどと併せて電信中央局開業に際し展示。 |
1876/明治9 |
(米) ベル(A.G.Bell)が電話機を発明した。 |
1878/明治11 |
電信中央局開業に際し、アーリンコートファクシミリ(生写電信機)[a25],[e4]や電話機が展示された[a16],[a17],[a18] |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
テレライターが渡来した |
1885/明治18 |
逓信省が新設された。初代大臣は榎本武揚(b53) |
1888/明治21 |
(独)ヘルツ(H.R.Hertz) 電磁波の実証 |
1889/明治22 |
玉木弁太郎氏が電気学会で、米国より渡来したとして、記字電信機(テレライター)を説明している(4) |
|
|
|
無線が発明された |
1894/明治27 |
【日清戦争勃発】 |
1895/明治28 |
(伊) マルコニー(G.Marconi) 無線実験に成功、1897 英国特許取得(b50) |
|
(露) ポポフ(A.S.Popov) 無線実験に成功(b50) |
1897/明治30 |
日−台 海底電信ケーブルが敷設された。日本人の手になる初めての敷設(b53) |
1899/明治32 |
東京-阪神間の長距離電話回線が開通した(b53) |
|
|
|
ベラン式、コルン式等の旧世代ファクシミリによりニュース写真電送が広がる、日米海底電信ケーブル開通、3極管発明。 |
1905/明治38 |
【日露戦争勃発】 |
1905/明治38 |
日露戦争で、信濃丸「敵艦見ゆ」の無線電信発信 |
1906/明治39 |
日米海底電信ケーブル開通
父島、ガム、ハワイ経由(b53) |
|
(米)ド・フォレスト.(L.de
Forest) 3極真空管の発明(b50) |
1907/明治40 |
(仏)ベラン(E.Belin)、レリーフ式送信方式の実用化、ニュース写真電送(b4) |
|
(独)コルン(A.Korn)、導電変換式送信方式の実用化、セレニュームを用いる方法も研究、ニュース写真電送(b4) |
|
|
|
無線電話の登場 |
1912/明治45 |
電気試験所、鳥潟右一、横山英太郎、北村政次郎により発明されたTYK式無線電話は世界で始めて実用に供された無線電話機である(TYKはそれぞれの頭文字をとって命名)(b53) |
1914/大正3 |
【第一次世界大戦勃発(〜1918)】 |
|
|
|
旧世代機による長距離の写真電送 |
1920/大正9 |
(米,英)大西洋海底線PCM写真電送 |
|
BartholomewとMcFarlaneの2人の発明者の名前を組み合わせてバ−トレーン(Bartlane)方式と呼称した。画信号をPCMに変換し、鑽孔テープに打ち込み、電信信号として伝送する[a12],[a26],(5),(6),(7)。ランレングス符号化も提案している。 |
1922/大正11 |
(独)コルン 大西洋無線写真電送(b4) |
1923/大正12 |
【関東大震災】 |
1924/大正13 |
(米)レインジャー(RCA:R.H.Ranger)
大西洋無線写真電送(b4) |
|
|
|
|
|
|